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月刊パームス8月号「太陽放談」掲載

2002年08月01日

雑誌記事

18歳でガソリンスタンドの夜間アルバイト、19歳で車検代行業を開業。 その後大型ダンプやトレーラーの運転手も経験し、22歳のときwindows95との運命的出会いによってコンピュータの世界へと傾倒、独学でネットワークやプログラミングをマスター。宮崎大学工学部在学中にスパークジャパン合資会社を設立。 昨年、資本金1000万円の株式会社に組織変更する。現在社員13名。 趣味は野球にゴルフ。特技はサーフィン。熱中すると2~3日は寝ずに仕事に励む、宮崎を代表する若き熱血ベンチャー社長のひとりである。

大学生の頃から、大型ダンプの運転手やらなんでもやって独立心旺盛ですね、事業家としてのスタートもこの頃ですが。

実家の商売は父親が一代で始めた眼鏡店です。サラリーマンの家庭でなかったことも私の人間形成に少し影響しているのかも。商売人である父親の発想も実にド ライというか、高校生の頃バイクが欲しいといえば実にアッサリと「買えばいいじゃない、自分で働いて。どうぞご自由に。」という調子でした。とりあえず、 興味のあることならなんでも自分の力でトライしてみるという性分は父の影響だろうし、今の自分自身にとって最大の財産ですね。
19歳で「オカダオート」という車検代行・整備を行う事業を始めます。同じ頃イベントやパーティーの企画プロデュースや古物商の許可証を取得したり、大型 免許も取ってダンプやトレーラーの運転手もやりました。ただ漠然と大学4年間を無為に過ごすことは勿体無くて、この頃から既に学業よりお金を稼ぐことに関 心があり、興味を待ったらとにかく夢中でなんでもやりましたよ。周りの大学生には僕みたいなタイプはいませんでしたね、やっぱり人とは少し違ってるようで 結局卒業までに6年間かかってしまいました。勿論、学費や生活費は全部自分で稼いで賄いましたけど。

22歳のときにWindows95が発売され、将来を決定づけるパソコンとの運命的出会いがあったそうですね・・・。

もともとパソコンに興味があったわけではなくて、友達から「これから世の中はこの小さなパソコンが変えていく!」と非常に予言めいた言葉で説明されたとき にショックを受けて「僕が探し求めてたのはこれだっ!」と閃きが走ったんです。大学に寝泊りして独学で、UNIX・コンピュータネットワーク・プログラミ ングなどを勉強し、その後コンピュータスクールの委託講師をする傍ら、事業プランを練りスパークジャパン合資会社設立に邁進しました。
充分な資本も借用も実績も経験も何もないところから事業を始めましたから設立当初は苦労の連続でした。ベンチャー事業と言えば聞こえは良いですけれど、世 の中そんなに甘くはありません。特にIT事業は一般的に馴染みが薄く、我々みたいな名も無い会社は非常に胡散臭いイメージで受け止められる場合がほとん ど。セールスに伺っても話すら聞いてもらえずに門前払いという毎日でした。わかってくれない世間の壁に何度も挫折しかけましたが、このとき大宮高校の諸先 輩方にいろいろとアドバイスや励ましを受けたことで随分と精神的にも救われました。「持つべきものは先輩!」生涯このとき受けたご恩は忘れません。

スパークジャパンの具体的業務内容や営業品目、将来の事業ビジョンをわかりやすく教えてください。

我々の得意分野は各々の企業や学校、事業所や商店の個別のニーズに合わせたシステムやネットワーク構築等のオリジナル商品を受託開発することです。特にインターネットを特化させたWeb関連開発に力を入れています。例えば、宮崎日日新聞社のホームページに関する全ての管理サポートや県立高校生徒情報管理システムモデル事業などは弊社の手がけた代表的な仕事です。今年開発したWeBIT(ウェビット)も非常に注目を集めています。これはホームページの情報更新や管理、情報収集をウェブ上でクライアントが簡単に行える弊社オリジナルシステムです。外部業者に依存していた煩雑な更新作業が企業内スタッフで簡単にできるという画期的ローコストシステムです。例えばホテルの部屋や施設会場などの空室業況をカレンダー形式で表示し、ユーザーはブラウザから直接予約できるというものです。(※青島サンクマール様ホームページ参照) こうした企画商品はアウトソーシングが主流の東京や都市部ではほどんど需要のないシステムですが、ローコスト対策が主流の宮崎では潜在需要が大いに見込めます。ここに我社のローカル戦略のカギがあります。宮崎で成功したシステムならば日本全国の地方都市でも同様の需要が期待できる。これからはズバリ営業力が決め手です。折角、苦労して開発したオリジナル商品も買い手を見つけなければ「宝の持ち腐れ」何の意味もありませんからね。

バイタリティ溢れるベンチャー起業家の岡田社長から、保守的なイメージが強い宮崎の若者に力強いメッセージを。

全体的に保守的な宮崎の県民性について僕なりの分析をしてみました。結論から言えば「情報の量と質」に大きな原因があるのでは。歴史的にも宮崎は薩摩や肥後のような強烈なアイデンティティがなく、地理的にも九州の中で最も孤立した位置にあり、そのせいで情報の伝達が遅れたり、情報の量が乏しかったりしてきた背景があります。今でこそインターネットで世界中の情報が宮崎にいながらにしてキャッチできるのですが、現在でも民放テレビ局は依然2局のままだったり。要するに人が何かを判断するときは、いろんな材料やデータを基に比較・分析して自らの結論を導く訳です。その判断材料となる情報そのものが少なければ、自分の判断にも自信が持てない。こうして、多数派の意見について行けばそこそこ無難という右へ倣えのメカニズムができあがったのでは。勿論、慎重派や保守的であることが全て悪だとは言えないし、むしろそのことが最善であるケースも多いのですが 。 しかし、バランス的にも僕のような人間がもっともっと出てくることが宮崎には必要だと思います。未来を信じて夢を描いて、自らの人生に前向きに挑戦するそんな若者達がいっぱい出てくれば、サッカー日本代表のように、必ず宮崎も大きく飛躍することが出来るはずです。

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